コロナ禍で東京在住者などはお盆の帰省を自粛されている。
コロナ禍で人々の働き方、生き方がどう変化していくのであろうか?
江戸時代、文明としては農業社会だと言われています。
人々は米等を生産しそれを糧に働き、人生を生きてきたのです。
働く場所は家の近くの先祖からの田畑であったのでしょう。幼児たちは母親が背負い、近くの木陰などに休ませたのかもしれません。お腹がすいて泣き出したりすると、母親は直ぐに面倒が見られたかも知れません。
江戸時代はいわゆる、職住近接であったのです
。
明治維新になり、殖産興業の中で、工場での生産が始まりました。
人々は工場へ出社し生産活動を行いました。
多くの商人たちも暖簾を守りながら会社へと移行していったのでしょう。
例えば大阪の船場の大店も、いとはん等、当主の家族は芦屋、灘へと移り行く。
明治時代になり、いわゆる職住分離が始まりました。
その後大正を経て昭和には、日本社会は戦時体制と変化していきました。
太平洋戦争後、朝鮮戦争を経て、日本社会は高度成長時代へと突き進んでいきます。
三種の神器、エコノミックアニマル、日本的雇用慣行の賛美等々。
人々は、団地に住み、また郊外の一戸建てに憧れ、満員の通勤電車で会社に向かいます。
専業主婦なる言葉も確立されました。
昭和45年に日本の高度成長も頂点を極めたと言われている。昭和元禄の到来。
一方で、石油ショック、光化学スモッグ。
日本社会は知価社会、情報化社会、あるいはソフト化社会へと移行していく。
人々は、相も変わらず通勤電車、いまだ職住分離であった、
バブルの崩壊、東日本大震災、日本的雇用慣行の制度疲労。
そして何よりも、少子高齢化社会、超高齢社会の出現により、
政府は女性・シニア・外国人労働者の活躍。そして何よりも働き方改革なるものを推進していた。
そしてここにきてコロナ禍である。
日本人は常に、その社会、その文明のなかで時間をかけても最適なキャリアデザイン、ライフデザインを構築してきた。そしてそのことは日本人のDNAとなっていると信じたい。
5年後、10年後、我々の働き方、生き方の方向は大きく変化していると考える。最もその時代、環境に最適なデザインへと。
若い頃、上司に教わった言葉がある。
我々の周りにはいつも悪魔がいる。弱気になるといつも悪魔がやってくる。
その時は「おい悪魔、おこるな、いばるな、あせるな、くさるな、まけるな」向こうに行けと唱えよと。
「おいコロナ」そろそろ退散しろ!
Office Life Design
代表 岡 靖弘